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五条ダンのブログ。「楽しく書く」ための実践的方法論を研究する。

「好きなことで生きていく」を巡る、強さと正しさと主にアニメの話

「好きだから、楽しいから」で行動をする強者たち

『灼熱の卓球娘』の第1話を見た。2016年の秋から始まった新アニメだ。可愛い女の子たちが部活で卓球をするお話なのだが、萌えだけでなく(スポ根的な)燃えもあって、面白かった。

1話は《上矢あがり》というツンデレっぽい女の子の視点で話が進む。彼女は卓球部のエースで、校内ランク1位の実力を誇る。人前では謙虚に振る舞うのだけれど、内心では「他者からチヤホヤされること」が大好き。自分が称賛を浴びるイメージを頭に浮かべては、ひとりでニヤニヤと微笑んでしまう。そんな人間味あふれるヒロインだ。

上矢あがりは、誰にもエースの座は渡すまいと、毎朝ひとりで早くに部室に来ては卓球の練習に打ち込む。真面目で努力家で、後輩にも慕われている。彼女の地位は不動のものと思われた。

そこに突如として現れたのが、天才的に卓球がうまい転校生である。転校生は、他者からの称賛とか関係なしに「自分が楽しいから卓球をやる」という最強のメンタルの持ち主だった。あがりと転校生は、エースの座をかけて決戦をすることになる。

作品紹介はこのくらいにして、スポーツにせよボードゲームにせよ「好きだからやるんだ!」の行動原理を持つキャラは、圧倒的強者として描かれる

称賛のため、金のため、エゴや承認欲求のために行動する者は、好きで行動する者の前に打ち破れる。傾向として、フィクションの世界では《楽しさ》が行動原理の《解》として提示されるケースが多い。

麻雀漫画の『咲』でも、主人公は「麻雀って楽しいよね!(ニコッ」と微笑みながら相手を次々とゴッ倒していく。『テニスの王子様』や『ヒカルの碁』もそうなのだが「楽しい」はとにかく主人公にとって、最重要キーワードとなっている。

好きなことで、生きていく」はユーチューバーのキャッチコピーだったか。響きの良い言葉で、実際にこの格言によって人生を動かした人は少なくないだろう。

たしかに、好きをエネルギーに変えられる人は強いのだ。

他者の評価に揺れ動かされない人たち

ところで僕は『グラスリップ』というアニメの熱狂的なファンである。グラスリップを超える神アニメはないと、胸を張って言える。

しかし悲しいことに、グラスリップは世間での評判がすこぶる悪い。悪いどころではなく「史上最悪のクソアニメ」とまで言われ、ネタとして馬鹿にされるくらいなのだが、とにかく不遇の作品である。


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(Amazonのレビューでも星1が一番多い……)

まったくグラスリップの良さも分からんとは同じアニヲタとして嘆かわしい。と毒づきたくはなるものの、ここで述べたいのは「周りがどんな評価を下そうとも、自分の好きな気持ちは変わらない」という当たり前の事実だ。

好きを行動原理にできる人は、強い。他者から評価されなくても、馬鹿にされても、彼らの心は折れない。エネルギーが自分の内側から湧いてくるからだ。

好きでありながらも自惚れないこと

さておき、ニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」は、物書きの創作理論書としても使えるのではないかと考えている。ツァラトゥストラが示すのは、孤独な創作者の道である。

《好き》を行動原理とする者は、自惚れたり自己満足に陥ったりで成長できないのが弱点となるのかもしれない。

ツァラトゥストラは、創造する者に道を指し示す。「自分自身に《大きな愛》と《大きな軽蔑》を向けよ」と。

愛する者は、軽蔑しているから、創造しようとするのだ! 自分の愛しているものを軽蔑しなくてすむような人間に、愛の何がわかるのだろう!

兄弟よ、君の愛といっしょに、そして君の創造といっしょに、孤独になるのだ。

(引用:ニーチェ『ツァラトゥストラ(上)』 光文社古典新訳文庫/丘沢静也訳 p.130 創造する者の道について)

「好きなことで、生きていく」は、孤独な道でもある。

小説を書いたとき、生み出した作品は、まず自分自身で愛してやる必要がある。だが、愛だけでは自分を超えられない。愛ゆえの大きな軽蔑を向けて、自惚れることなく前に進んでいかなければならない。

なんとも、険しい道だ。

「好き」「楽しい」は絶対的な正しさではない

僕としては、楽しいならばそれに越したことはないけれど、楽しさに固執する必要もないかなと考えている。冒頭のアニメ『灼熱の卓球娘』でも、チヤホヤされたーい♪というヒロインの欲求にたいそう共感してしまった。彼女にはぜひ幸せになってほしいものだと感ずる。

小説でも漫画でも「作者が何を思って創作したか」は読者にとって重要ではない。作者と作品は、切り離される。好きで書かれた小説も、金のために書かれた小説も、承認欲求のために書かれた小説も、まったく等しい価値を持つ。

おおよそこのような雑感を『灼熱の卓球娘』第1話を観たときに抱いたもので、ここに感想メモとして残しておきたい。

深夜アニメは面白い。

(了)

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