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Webライターとして生きる

五条ダンのブログ。「楽しく書く」ための実践的方法論を研究する。

ブロガー・Webライター・アフィリエイターになる前に読むべき漫画

小島アジコ氏の『ここは悪いインターネットですね。』および『りちょうとえんさん』を読んだ。

(Kindleストアで販売されていて、Amazonのアプリを入れればPCやスマホでも読める)

端的に述べて、インターネッツの《闇》を凝縮させた漫画作品である。もっと具体的に言うならば、ブロガーやWebライターやアフィリエイターの闇を本作品は描いている。

定職に就いていて、安定した収入を持っている人であれば、本作をユーモラスな風刺漫画として楽しめるだろう。自分とは無関係の他人が、自業自得で崖を転がり落ちてゆく姿を眺めるのは、面白い。(なんて書いたら顰蹙(ひんしゅく)を買うけれども、他人の不幸は蜜の味、とはよく言ったものだ)

対して、笑えないのが僕のような人間である。

終始、青ざめながら読んでいた。

つまり定職に就いておらず、安定した収入もなく、ブロガーやWebライターやアフィリエイターをしている僕のような人間がこの漫画を読むと、頭を抱えてゴロゴロと床の上をのたうちまわる羽目になる。ムンクの叫びみたいになる。

これは、一部の人たちに対して、極めて高い殺傷能力を誇る漫画である。そして当事者の立場から言わせてもらっても、作中で描かれていることは本質を突いている。

将来、専業のブロガーやWebライターやアフィリエイターを目指す人は、自分の気持ちを確かめるためにも、本書を読んでおくと良いかもしれない。(決して夢を後押しするような内容ではないですよ。念のため)

なお『ここは悪いインターネットですね』収録作の『ブロガー山月記』は筆者のブログでも公開されている。

ブロガー山月記の後作となる『りちょうとえんさん』も、ブロガーの闇をこれでもかというくらいネタにしていて、作中に出てくるネコが唯一の癒やしである。ネコかわいい。生まれ変わったらネコになりたい。

Webライターは本当に「ライター業」なのか?

『りちょうとえんさん』のなかに『ライターストレイドッグス』という話が収録されていて、これがなかなか僕には刺さる。

作中で袁傪が(李徴……お前が言っているのは……多分、ライター業じゃない……)と心の中でツッコミを入れる台詞がある。(p.7)

ここで李徴のやろうとしている仕事が、いわゆるWebライティングであり、1文字単価0.5円とかで記事を買い叩かれるブラックなお仕事である。納品された記事は主にアフィリエイトサイト構築の用途で用いられる。

たしかにこれは、ライター業とは言い難い。何故か? 取材ができないからだ。

Webライターとしておそらく最も有名なヨッピー氏を見れば分かるとおり、ライター業の本質は文章を書くことではなく「取材」にある。取材ができなければ、記事のネタが仕入れられない。(そしてヨッピー氏は取材がめちゃくちゃうまい)

取材は誰かと会ってインタビューするだけにとどまらず、例えばレビュー記事であれば実際に商品を購入して使ってみる、グルメ記事であればレストランへ食べに行く、イベントレポートであれば現地へ足を運ぶのも立派な取材である。

安上がりに済むのもあるけれど、基本的に取材はお金がかかる。相応のコストがかかる。

なお、弁護士や医師や研究者といった専門家ライターの場合は、自分自身(・・・・)が取材対象として価値のある情報を持っている。

取材能力に長けている、専門知識を持っている、珍しい特技がある、人生経験が豊富……何だって構わないのだけれど、価値ある一次情報を手に入れられることが、ライターとして生き残る鍵となる

クラウドソーシングに溢れるWebライティング案件を眺めていると、暗澹たる気分になる。取材費もなく、筆名も出せず、文字単価0.5円かそこらでサプリメントや消費者金融や脱毛エステの紹介記事を書かせる。これはたしかにライター業とは言い難い。

僕はWebライター3年目で、ようやくその当たり前の事実に気づいた。取材もせずに、他のサイトの情報をリライトして自分の記事とする。Webライターやアフィリエイターの多くがやっていることは、どっからどう考えてもおかしいのだと。

これ以上語ると本題から逸れるし、暗くもなるので、また別の機会としたい。

小島アジコ氏の『ここは悪いインターネットですね。』『りちょうとえんさん』は、そういったことを深く考えさせられる漫画である。

あと、漫画に出てくるネコが可愛い。*1

ネコになりたい。

ネコ……。

(終わり)

*1:ネコが登場するのは『りちょうとえんさん』の方。

ライトノベルの主人公にはなれないと悟った二十歳の誕生日

 二十歳を過ぎた自分が想像できなかったので、僕は二十歳になる前に死ぬのだと思い込んでいた。中学二年生の頃からその思い込みは真実性を帯びていて、やがて自分のもとに《死神の少女》や《灼眼の戦士》や《撲殺天使》が訪れることを信じて疑わなかった。来たる日に備えて、毎朝、木刀で素振りの練習をしたし、夜になれば魔法陣の研究に励んだ。あるいは太陽に手を掲げ呪文を唱えてみたりなどしたが、何一つイベントは起こらなかった。そうこうしているうちに、二十歳の誕生日を迎えた。

 何かとてつもなく大きなものを失った気がした、マイバースデイ。放心状態で街を徘徊し、まだ一月の凍った大気のなかを彷徨い歩いた。空を仰ぐと新規建設された高層マンションの屋上が目に飛び込み、異世界のヒロインはもう二度と天から降りてこない、自分がライトノベルの主人公たり得る権利を剥奪されたかのような絶望感に目眩がする。もっと夢を視ていたかった。

 社会人になる従兄弟は「お前も今日から酒が飲めるな」と明るく言った。「そうですね」と答えたが、親をアル中で失くしている身としては、アルコールだけは死んでも一滴足りとも飲むものかと、そういった気持ちの方が強かった。僕は話題を変えるために「あ、アダルトゲームだってできますし」と一言付け加えた。せめて成人した証拠となるようなものが欲しいと思った。自分専用のパソコンを持っていないのでゲームは買えない。せめて、官能小説を買いに行こうと決心した。

 日が暮れかけていたが、もう一度街へ出かけて、今度は駅前の古本屋に向かう。古本屋にはアダルトのコーナーがあって、そこは一度も足を踏み入れたことがなかった。なんとなく背徳感にそそられて、タイトルに《妹》のつくアダルト小説を十冊ほど両腕に抱え、レジまで持って行った。本の表紙にはアニメ調でエッチな二次絵が描かれてあった。本の点数を数える店員さん(若い男性のアルバイトの人だった)の顔は苦笑いに歪んでいて、僕は耳の先まで真っ赤になった。けれども、このイニシエーションをクリアしたら、自分も大人になれる、そんな期待感でわくわくもしていた。

 深夜、日付が一時を過ぎた頃、学習机の蛍光灯に照らされ、黙々とアダルト小説のページを捲る。読んでいるうちに、だんだんと失望の色が強くなる。これじゃない、これじゃない、これじゃない、僕の求めている物語は――、《死神の少女》がいて《灼眼の戦士》がいて《撲殺天使》がいる物語なのだ。

 カーテンを開けて、満月の浮かぶ夜空に《My Desire is Darkness for Underground…》と呟いた。

(了)

 

※黒歴史ポエムの公開処刑所/二十歳の誕生日に書いた日記より

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