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Webライターとして生きる

五条ダンのブログ。「楽しく書く」ための実践的方法論を研究する。

自治会長の権限をもってしても自治会の仕事を減らすのは難しいという話

この春より、地域の自治会の会長となった。加入世帯数が数百とある、それなりに規模の大きい自治会だ。

ところが僕は、好んで会長に立候補したわけでは決してない。

自治会役員の希望者がおらず抽選という形になって、その役員の間でおこなうクジ引きでたまたま、会長に選ばれてしまったという話。

すなわち会長も含め、役員の全員がクジ引きで選ばれたというケースである。

 

先日、上のような匿名の投稿がホッテントリに掲載され、ネットでもかなりの注目を集めた。PTA役員に抽選で選ばれてしまった方による問題提起、そして切実な悲鳴であるが、PTAに限らず自治会にも似たような構造問題があることと思う。

だから僕は、自分が自治会長となった暁には、自治会としての仕事を極力減らし、休みたい人が気兼ねなく休めるような、自由な組織にしたいと考えた。

休みたい自治会役員が、会議では可視化できないという問題

さて、自治会役員による会議が何回か開催されたのだが、そこで驚いたことがひとつある。

役員のみんな、やる気に満ちあふれているのだ。

地域の問題点を見つけてきては、その問題解決のために「こういう活動をすべきだ!」と積極的に提案する。つまりは自治会の仕事をどんどん大きく、増やそうとする。

そのような意見が出ても、役員達は嫌そうな顔をひとつせず、むしろうんうんと大きく頷く。「そうだ、我々の手でなんとかしなければならない」と前向きで意欲的なコメントがどんどん出てくる。

ここは自ら当て馬になってやろうと仕事を減らす提案(・・・・・・・・)をしてみると「いやいや、五条さんが忙しければその分は私たちで引き受けますので」と。ここまで言われてしまえば、こちらとしては引き下がるしかなく。

もちろん、地域貢献のための活動なのだから、良いことには違いない。

引き継ぎもほとんどない状態で、抽選で選ばれた見ず知らずの役員達が集まり、しかし会議では建設的な意見が次々と出される。

もしかしたらこれが日本風の組織の強みなのかもしれないし、美徳なのかもしれない。

しかし悪く言えば「同調圧力」が会議中に形成されないかと、僕は恐れていた。

会議では発言の多い人と、ほとんど何も言わない人とに分かれる。皆、意欲的に振る舞ってはいるが、その本心には温度差があるのではないか――、と。

内心では(こっちは仕事で忙しいんじゃ。とっとと会議を終わらせろや)と思っている役員さんがいたかもしれない。しかし誰も本音は語らないので、僕には皆が本当に自ら好んで活動したがっているのかどうか、判断することができない。

自治会の活動を休みたい、引き受けたくないと思っている役員がいたとしても、(少なくとも自治会長の視点からは)それが可視化されないのだ。

僕も正直に述べると、クジ引きで選ばれた役員の方々がここまで活動に熱心だとは思わなくて、なんというか場の空気に圧倒されてしまった。

(みんなやる気に満ちている。素晴らしい。なんて生産的で建設的な会議なんだ。もしもここが会社の会議室であったのならば、僕は自治会長を職業にしても良いくらいだ)と心の中で舌を巻く程度には、役員会議には良い雰囲気が形成されていた。

「強制参加」を防ぐために自治会長としてできること

たとえ皆がやる気に溢れていたとしても、自治会は「休みたいときに休みたい人が休め、活動したいときに活動したい人が活動する」組織でありたい。

タイトルに「自治会長の権限をもってしても~」と書いたけれども、残念ながら自治会長にそんな大層な権限はなく、ほんとにできることが限られている。会議のイニシアチブを取るにしても、僕のような若輩者ではなかなか……。

ただ幸いなことに、書類作成周りの業務は自治会長に一任されている。こちらで僕は、自分の役割のなかで最善を尽くしていきたいと考えた。

例えば自治会の発行書類を見てみると、次のような強制感のある表現が散見される。

  • ご多用中のところ恐縮ですが、万障お繰り合わせのうえ、ご参加くださいますようお願い申し上げます。
  • ご多忙中のところ誠に恐縮ですが、皆様ご出席くださいますようお願い申し上げます。
  • お忙しいとは存じますが、何卒ご出席くださいますようお願いいたします。

今期の自治会では、書類でこのような表現は一切使わないこととした。

役員といえども報酬が貰えるわけでなく、100%ボランティア活動である。

仕事や家庭の事情に優先させて(それこそ万障繰り合わせてまで)出るべき役員会議やイベントなど、どこにも存在しない。

本当にご多忙中なのであれば、自治会活動などは休むべきなのだ。

役員のひとりやふたり欠席したところで、自治会はきちんと回る。 重要な議題であっても、メールなり電話なりで伝えることができる。だから個々人に無理を強いる空気だけは、決して作ってはいけない。

そこで、各種の書類において次のような表現に置き換えた。

  • ご参加いただける方は、是非ご参加ください。
  • お時間の取れる方はご出席のほどよろしくお願い申し上げます。
  • ご都合がつかず欠席される場合や、その他ご相談事項等ございましたら五条(電話番号/メールアドレス)までお気兼ねなくお知らせください。

ライトな表現に置き換えたくらいで、どの程度の効果があるのかは分からない。

少しでも、自治会の風通しを良くしていければと切に願っている。

自治会活動そのものは、尊重すべきである

詳しいことを書くと簡単に特定されてしまうため、ぼかすしかないのだけれど、当自治会では地域問題を解決するため「行政への働きかけ」を積極的にやっている。

僕も自治会長になるまでは、住民問題解決のために努力する人たちが数多くいたことに気づかなかったし、地域のために市政を動かすという自治会の大きな働きには、ある種の感銘を受けた。

だから「自治会早くなくなれ、なくしてしまえ」とは思わない。自治会の活動そのものは(非効率的な実務は改善するとして)大いに尊重すべきであると感ずる。

先のはてな匿名ダイアリーのPTAにせよ、自治会にせよ、町内会にせよ、団体の総意としては「善意」の気持ちで包まれている。(だからこそ厄介でもあるのだが)

とにかく大切なことは、休みたい人が休めるようにするということ。

任意加入団体である自治会で、しかも無報酬で役割を果たす役員に対して、強制参加を要請するなど絶対にあり得ない。これだけは自治会長として、変えていかなければならない。変えていこうと強く思う。

「五条さん、フリーランスでしたら平日も時間空けられるんですね。心強いですわぁ」

「いやぁ……まぁ……だといいのですがねぇ……あははははは」

(なんでやねん! こっちは有給休暇も取れないんだぞ。仕事を休めば休んだ分だけ、収益が落ちるのに!!!)

なんて、心の中で悲鳴をあげなくて済むように。

1年間の任期のなかで、自治会改革と地域貢献のために努めていきたい。

 

(了)

アドセンスを記事中に入れるのはデメリットが大きいのかもしれない

アドセンス広告をどこに配置すれば効果が高いのか。稼ぎたいブロガーさんにとっては、重大な関心事だと思う。で、他の方のブログハック記事を見てみると「アドセンスを記事中に配置しましょう」の意見が案外多い。

たしかに、アドセンスを記事中に挟み込むことによって、短期的には収益が増える。データとしてはそのとおりである。

ただ数年以上の長期スパンで考えたときに、この配置は損失が大きいのではないかと私的には考えている。

記事中のアドセンスは「クリックされたら」困る

簡単な話、記事中のアドセンスはクリックされたら困るのである。

記事中のアドセンスがクリックされるのは、ユーザーが途中で記事を読むのをやめて、広告主のサイトに移ってしまうことを意味する。

極論を言えば、ユーザーがそこで離脱するのは「記事内容よりも広告内容に興味を惹かれたから」である。

書き手としては、最後まで記事を読んでもらえてこそ本望のはず。読みかけの途中でアドセンスに読者を奪われるというのは、大変悔しいことだ。

これだけなら精神論の話として笑えば良いのだが、記事中のアドセンスがクリックされるならば次のような実利的弊害が生じる。

  • 読了率が下がる
  • ページ滞在時間が減る
  • 内部リンクの回遊率も落ちる
  • 成果報酬型アフィリエイトの機会損失が生じる
  • ユーザビリティを損ねる

このうちのいくつかの項目は反論も可能だが、最後の「ユーザビリティを損ねる」だけはどうしようもない。

記事中アドセンスによって記事が読みづらくなることはあっても、記事が読みやすくなることは決してないからだ。たとえゾウが逆立ちをしたとしても、ユーザビリティへの影響だけはひっくり返しようがない。

ところでGoogleは、これからの時代はSEO(検索エンジン最適化)ではなくSXO(Search Experience Optimization/ユーザー体験の最適化)を重視しますよと言っている。

ユーザー体験の最適化にはさまざまあるが、真っ先に考えなければならないのが「ユーザビリティの向上」である。例えば記事を細切れに6分割くらいしているニュースサイトを見ると、多くのユーザーは(読みづらい! 滅びろ!!)と思うだろう。

ユーザビリティを無視するとはそういうことだ。

もしも長期的な視野に立ってブログを成長させようと思うのであれば、まずは記事中のアドセンスが本当に必要なものなのかどうか、一度見直した方が良いだろう。

より大きく儲けるためには、より遠くを見るということ

もっと言ってしまえば、アドセンス広告をすべて取り払うのも合理的な手段である。広告をクリックする代わりにユーザーが「関連記事」等の内部リンクを回遊してくれれば、その分PVは増える。

うまくいけば直帰率(離脱率)も下がるし、サイト滞在時間も増えるし、指標としては良いことずくめだ。

ブログが軌道に乗るまでは、広告を外して運用した方が伸びやすいですよ」といった趣旨のことは、以前にご紹介した『人気ブロガー養成講座』(かん吉)でも書かれている。(※リンク先は書評記事。本書のp.240を参照)

人気ブログになるまではアドセンス収益といっても、たかだかしれている。アドセンスを貼るくらいであれば「関連記事リンク」「購読ボタン」「フォローボタン」を置いて、それを確実にクリックしてもらう方が利益は大きい。

人間には「目先の利益を過大評価して、遠い場所にある利益を過小評価する」といった認知上の歪みがある。(プロスペクト理論・参照点依存)

だからどうしても、すぐに手に入る収益の方を優先してしまうし、アドセンスを貼らないなんてもったいない! 機会損失だ! と考えてしまう。(プロスペクト理論・損失回避)

僕だって、目先の利益を追って痛い目にあったことが何度もあるので、他人のことはとやかく言えない。

ただ、巷で言われているように「記事の途中にアドセンス広告を入れると効果が高い」が本当なのかどうか、一度疑ってかかる必要があるとは思う。

読んでもらえてこその、ブログなのだから。

本質を見失わないように。

(了)

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