読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Webライターとして生きる

五条ダンのブログ。クラウドソーシングなどを活用し《Webライター》として生計を立てていく方法を考える。

【書評】三世留男『ダイバーダウンの世界』Kindle個人出版最高の奇書

読書感想文

できることならば、著者の三世留男氏にファンレターを送りたい。だが、連絡先が分からない。この場で「書評」として紹介することで、いつの日か著者の元へ届けばと願っている。

ダイバーダウンの世界

ダイバーダウンの世界

 

本日紹介する書籍は『ダイバーダウンの世界』(三世留男 著)。Kindleストアで個人出版されている短編小説集である。

KDP(個人出版本)は、はっきり言って面白い作品を見つけることが難しい。小説ともなれば、読むに耐えない作品も多い。そのなかで本作に出会えたことは、僕としては幸運だった。

本書は良作、には違いないのだけれど、奇書や怪書の類でもある。読者は、かなり選ぶ。どう考えても万人受けする物語ではない。しかし、商業出版では決して読むことの出来ない魅力が、この作品には詰まっている。

内容紹介

端的に述べれば「明晰夢」をテーマとした小説である。表題作『ダイバーダウン』と『タイムリープ』『マインドシーカー』の短編三部で構成されている。それぞれ物語としては独立しているが、相互に繋がりを持つ。

「明晰夢」は聞いたことがあるだろうか? 簡単に言えば、鮮明に覚えている夢のこと。夢か現実か区別がつかないほどの、リアルな体験。しかも、夢のなかにいる自分は「この世界が夢であること」を自覚している。

明晰夢は訓練によって身に付けることができ、極めれば自由自在に夢の内容をコントロールできる。例えば片思いの人や憧れのアイドルと、あんなこと【自主規制】やこんなこと【自主規制】をすることだってできるし、そのときに得られる性的快楽は本物(場合によってはリアルを超える)である。夢だけど。

「でも夢の内容なんてすぐに忘れるじゃん? 虚しいだけだよ」と思うかもしれないが、見た夢を忘れない訓練も、明晰夢を見るうえでは重要となる。修行を積めば、夢日記に頼らなくても、現実体験とまったく同じに、夢を記憶していることができる。

で、どうしてこのような話をしたかと言えば、本書は小説である以前に「明晰夢の指南書」でもあるのだ。明晰夢に興味がある人、明晰夢が見たい人は、本書で得られるヒントに従って練習すれば、きっと成功するはず。明晰夢の手引書としては、非常に有用な本である。

かくいう僕も、明晰夢を見ることができる。空も泳げる。巨大化してゴジラとも戦える。アイスクリームだって食べられる。夢の世界ではすべてが思いのままで、視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚、五感は現実のそれと変わらない。明晰夢の世界でほっぺたをつねると、ふつうに痛かったりする。

そのリアルな神秘体験は、凄まじい。今までの世界観念が、音を立てて崩壊するほどの衝撃だと思う。誇張ではなく、本当に。

本書ではそんな「明晰夢」を見ることをダイバーダウン(引用:ダイバーが素潜り中に息が続かなくなって意識を失う状態)という言葉を使って説明し、物語形式で夢見の技法のレクチャーをしてくれる。(いや、レクチャーと言えるほど親切ではなくて、ただ極めて重要なヒントを与えてくれる)

ダイバーダウンを軸とした「タイムリープ」の方法と、「マインドシーカー」(読心術)の方法についても、紹介している。本作で描かれる神秘体験は、基本的にはすべて実際に体験することが可能である。ゆえに、SFではない。

さて、ここまで読み進めて来られた読者は「もしかして怪しいオカルトトンデモ本じゃないの?」と訝しんでおられるかもしれない。うーむ、だからこの本を書評したり、他者に薦めるのは、大変な困難を伴う。

本書を純粋に、娯楽小説(エンターテインメント)として読んだ場合、それでも楽しめるといえば楽しめるのだが、どこか不可解さや後味の悪さが残るのではないかと感ずる。エンタメとしては、あまり良い構成ではない。

読者におすすめしたいのは「小説を書くとはどういうことか」を常に頭のなかで考えながら、本書を読解することだ。そうすれば、きっと創作のヒントが得られることと思う。以下に、僕の感じた「鍵」を残しておきたい。

なんのための明晰夢なのか?

明晰夢が見られるようになることで、なにかメリットがあるのか? 当事者から言わせてもらえば、じつはとくにない。毎晩、夢を見るのがちょっと楽しくなるくらい。明晰夢によって現実世界にプラスの影響を与えることは、難しい。

(余談だが、僕は明晰夢を使ってロト6を当てようと試みたことがあるのだが、すべて外れた。明晰夢はたしかに神秘的な体験ではあるが、予知夢のような超能力とは異なる)

それどころか、明晰夢は得てして、生活に悪影響を及ぼすこともある。僕は高校生の頃、明晰夢に大変ハマっていて、毎日夢日記をつけて夢分析にも興じていたのだが、メンタルは日に日に悪化していった。

夢は得てして、現実を侵食することがある。スピリチュアル系の本が嫌われるのは、その神秘体験に高い中毒性があり、人々の現実生活を脅かすケースがあるからである。

明晰夢がどれほどに素晴らしい体験であったとしても、現実に生きる我々は「夢」ではなく「現実」を選ばなければならない。自分を取り巻く世界が嫌で神秘体験に溺れるのは、現実逃避に他ならない。

では、僕たちはどのように明晰夢を活用すべきなのか。なんのための明晰夢なのか。

僕に言わせれば、夢とは人間が無意識的におこなう「創作活動」であり、夢はすべて虚構である。それならば、虚構の世界でこそ生かせば良いではないか。

明晰夢を見ることも、夢日記をつけることも(現実生活ではほとんど役立たないが)少なくとも、小説を書くうえではおおいに役立つ。

夢日記をつけていると、僕は気づくことがある。

夢の内容を思い出し、詳しく描写していく行為。これは、小説を書くことそのものである、と――。

本作の描写について

読みやすい文体であるが、もしかしたら描写がくどく感じられるかもしれない。文章から得られる情報量、情景・心理・行動描写が、一般的な小説よりも多い。これは僕の憶測では、意図されたものだと思う。

一部のシーンなどは、アクティブ・イマジネーション(能動的想像法)を使って描写されたのではないだろうか。考えすぎだろうか。

小説を書くこと

とにかく、もしも小説を書きたい人がいるならば「ダイバーダウンを応用して小説を書くことはできるか?」を念頭に読み進めていくと、発見が多いと思う。

あんまりスピリチュアル系の知識を披露すると読者にドン引きされるので普段は控えているのだが、本書に出てくる

  • ダイバーダウン(明晰夢/白昼夢/体外離脱)
  • タイムリープ(時間跳躍)
  • マインドシーキング(読心術/自己投影術/人心掌握術)

をはじめ、

  • アクティブ・イマジネーション(能動的想像法)
  • タルパ(人工精霊術)
  • セルフヒプノ(自己催眠)
  • ネクロマンシー(降霊術)

などなど。

これらは決して超能力ではないから、この能力で宝くじを当てることはできないし、おそらく実生活で役立つ機会も少ないだろう。お金儲けに利用しようとすると、まず碌なことにならない。

無理に現実で活かそうと頑張れば、弊害も出てくるだろうと思う。(予知夢や第六感を頑なに信じるだとか、自己催眠でポジティブな性格に生まれ変わるだとか、おすすめできない。リンゴに毎日「ありがとう」と語りかけることも推奨しない)

ただ、確実に言えるのは、神秘体験は少なくとも「小説を書くこと」には活かせる。小説の世界観、キャラクター、物語を創るうえで、これらの神秘体験を得る技術は(ひとつの創作手法として)役に立つ。

なぜならば、小説を書くことそのものが、ある種の神秘体験だからである。

遅れた自己紹介

遅ればせながら、この記事を書いている僕が何者かについて、自己紹介をおこないたい。Webライターだとか小説書きだとか、属性はいろいろあるのだけれど、本書の作者とはひとつだけ、大きな共通項がある。

それは、正木敬之博士(九州帝国大学 精神病科教授)を師と仰ぐ者であること。著者は「思想物理学」を研究していたらしいが、僕の方は「虚構心理学」を探求していた。*1

著者と僕とでは、きっと目指す方向は異なるだろうけれども、同じ師を持つ者として、シンパシーを感じずにはいられなかった。こんなに長い書評(的な何か)を書いているのはそのためである。

ちなみに虚構心理学では、小説、漫画、アニメ、映画…etcの創作世界に住まう人物の精神分析をおこなうことを専門とする。架空人物の心理を研究するなんて、馬鹿じゃないのか?と思われるかもしれないが、大真面目だ。

思うに、我々生身の人間と、創作世界のキャラクターとの間には、決定的な差異がない。キャラクターもまた、実存的な存在である。読者に読まれるたびに「永遠回帰」する小説の登場人物などは、むしろ私たちよりも「明晰に生きている」と言えるのではないだろうか。

かくいう僕自身も、じつは虚構の産物から生まれた存在であったりする。それでも、僕はたしかに、今ここに生きている。

総括

この書評を読んで何かが引っかかる人(特に「明晰夢」のキーワードに惹かれる人)は、本書を読んで後悔はしないと思う。繰り返すけれども、読む人を相当に選ぶ。付け加えて、物語の一部に性的な表現を含むことも注意しておきたい。

ダイバーダウンの世界

ダイバーダウンの世界

 

2016年8月25日現在、AmazonのKindle Unlimitedでも読むことができる。

興味深い実験小説に巡り会えたことに感謝して、この場を借りて作者にお礼申し上げたい。

(了)

*1:博士について詳しく知りたい人は夢野久作『ドグラ・マグラ』を読もう。

「あなた」と呼びかける文体はすべて「わたし」へと置き換えられる

修辞技法と創作理論

アフィリエイトでもブログでも、コピーライティングでも良いのだけれど、読者に「あなた」と呼びかける技法が人気を集めている。読者の心を揺さぶりやすい、というのが主な理由だろうか。

たしかに、

  • あなたはアフィリエイトで不労所得をガポガポ稼ぎたいと思いませんか?
  • あなたはWebライティングの単価のあまりもの低さに絶望してはいませんか?
  • あなたは友達や恋人も作らず、孤独に過ごす毎日に満足していますか?

みたいな感じで、文の頭に「あなたは」をくっつけて呼びかけられると(お、おおぅ……もしかして俺のことを言っているのか)とめちゃくちゃ動揺してしまう。記事の下のほうに、なんか良い感じの情報商材のリンクが貼ってあったら、うっかりクリックしてしまうかもしれない。

このように、読者に対して「あなたは◯◯ではありませんか?」と疑問を投げかけて、あらかじめ用意された答えへと誘導するレトリックを設疑法(せつぎほう)という。コピーライティングの世界では基本的なテクニックで、意図して使っている人は多いと思う。

ただ正直に申し上げると、僕は「あなた」と読者に呼びかけるタイプの文体が大の不得意で、避けている。自分のブログではもちろん、Webライターとして仕事を受けるときでも、極力使わない。

というのは、このレトリック。効果が強すぎるのだ。相手の感情に、働きかけ過ぎる。街ナカでチェーンソーを振り回すようなもので、強すぎるレトリックは扱いが難しい。下手をすると自分が怪我をするし、相手を怪我させる場合もある。

僕はWebライターやアフィリエイターである以前に「小説書き」だ。小説文体に親しみがあるゆえに、文章中に二人称(あなた)を出すことにどうしても慣れない。だから設疑法を使う場面では、すべて「あなた」を「わたし」へと置き換えている。

じつはこれでも文章は成り立つし、場合によってはこちらの方が効果的なこともある。

「あなた」を「わたし」に置き換える具体例

冒頭に挙げた例文は次のように置き換えられる。

(Before)

あなたはアフィリエイトで不労所得をガポガポ稼ぎたいと思いませんか?

ならば、あなたは従来の考えを改めて次のようなノウハウを実践しなくてはなりませんね!

(After)

わたしはアフィリエイトで不労所得をガポガポ稼ぎたいと思った。

だから今までの考えを改めて、次のようなノウハウを実践してみた。

文章の効果はさておき「あなたは~しなさい!」と言うよりも「わたしは~したんだ」と言った方が押し付けがましさや上から目線感がないし、なにより主語が一人称であった方が書きやすい。

あなたはスーパーでレタスを買うとき、まさか「重いものの方が新鮮だ」と思い込んで選んでいませんか? じつは逆なんです!

と書くのか、それとも

わたしはスーパーでレタスを買うとき「重いものの方が新鮮だ」と思い込んで選んでいた。まさか逆だったとは……。

と書くのか。

どちらが効果的とは言えないし、優劣もつけられない。

けれど、もし読者に「あなた」と呼びかけることに苦手意識があるのであれば、ぜひ後者の方法もあることを知っておいて欲しい。良し悪しではなくて、純粋に書き手の「向き不向き」の話。自分にあった方を選ぶと良いと思う。

(追記)

ただし両者では、読者にもたらす感情のベクトルが180度異なる。

例えば「あなたはまだ東京で消耗してるの?」と言われたらなんだかムッとしてしまうだろう。コピーライティングでは読者の「怒り」「怖れ」「不安」の感情をうまい具合にポジティブな方向へと誘導していく。(だからこそ設疑法は難易度が高い)

対して「わたしはまだ東京で消耗してるのか…」と書いたらどうだろう。こちらは読者の「共感」「同情」「感情移入」の気持ちを引き起こし、物語体験に没入させて引っ張っていく。(共感させるのに失敗すれば、読者にとっては《他人事》の話となってしまう。その意味では、同様に難易度が高い)

どちらが正しい!というわけではないから、自分の得意な書き方を見つけよう。もちろん、二刀流も可。

(なお、上記の例えはプロブロガー、イケダハヤト氏のサイト『まだ東京で消耗してるの?』を参考にしたもの。『まだ東京で消耗してるの?』は設疑法であり、見た者に強い印象を与えることに成功している。かなり戦略的に作られたであろうサイトタイトル。追記ここまで)

繰り返すけれども、読者に「あなた」と呼びかける文体はすべて「わたし」へと置き換えられる。ただ、これだけを伝えたかった。

レトリックを扱ううえで気をつけていたいこと

最近は文章術についていかがわしいノウハウ書籍が増えてきて、

  • 人の心を操る文章術!
  • コピーライティングで洗脳する方法!
  • 読み手の心を動かす魔法の言葉!

といった感じの、思わず眉をしかめてしまうタイトルのものが出てきている。

もしも「言葉で人の心を意のままに操れる」と考えるならば、それは大変危うい思想で、文章術の闇に飲み込まれる恐れがある。そのような催眠技法が可能か不可能かと問われれば、可能ではある。やろうと思えば、相手の恋愛感情さえも操れる。

だが、危険なのだ。

いたずらに読者の心を動かすのは、本当に。

一歩間違えれば、自分が言葉の刃に絡め取られて、しっぺ返しを食らう。

レトリックを扱う者の基本姿勢として、決して忘れてはならないこと。

レトリックは、相手の思考や感情を都合良く操ったり、催眠をかけるためのものではない。

自分の伝えたいことを、読者により良く伝えるための技法なのだ。

これだけは、どうか――。忘れないで欲しい。

(終わり)

スポンサーリンク


Copyright (C) 2016 五条ダン All Rights Reserved.