Webライターとして生きる

五条ダンのブログ。「楽しく書く」ための実践的方法論を研究する。

怖い怖いと怯えていた「胃カメラ」を実際に飲んでみた所感

胃カメラを飲むのが怖い。怖くて怖くて、4ヶ月間も胃の不調を放置してきた。なんだか噂を聞くところによると、すっごく苦しいらしいし。注射を怖がる子どものごとく、僕はキリキリと痛む胃を両手で掴んで「ふぇぇ~、胃腸内科には行きたくないよぉ~」とめそめそ泣いていた。

さすがに仕事(ライター業)に支障をきたすようになってきて、しぶしぶ近所の胃腸内科クリニックに足を運ぶ。その日は診察のみで、胃カメラは一週間後に飲むことが決まった。(完全予約制らしい)検査日程を引き延ばせて「やったぜ」とガッツポーズする。

検査の日を待つ間、ネットサーフィンで胃カメラの体験談を読む。「検査前に飲むシロップがめちゃ不味い」「静脈注射が痛い」「異物感で喉が死にそう」などといった、恐ろしい言葉が並ぶ。僕の顔は青ざめていて、やっぱり検査キャンセルしよう……と思った。

手元には『私は胃内視鏡検査の目的と方法・危険性について十分理解しました。検査を受けることに同意します。』と書かれた、サイン入りの同意書。書類には胃カメラによる偶発症事例が箇条書きで記されている。ふぇぇ……やっぱり怖いよぉ……。

想像上の胃カメラ

行き渋っていたら、クライアントさんから「原稿まだですか!!」と催促が来た。僕は〆切から逃れるために慌てて家から飛び出し、なんとか胃腸内科クリニックに転がり込んだ。

「先生! 助けてください!!」「大丈夫大丈夫、あなたの年で胃ガンはまずないから。とりあえず胃のなか見てみまひょ」と検査室に連れて行かれた。

胃カメラ当日は朝食厳禁。飲めるのはコップ1杯の透明な水のみで、胃のなかを空にしておく。夕食も前日の午後9時までに済ませた。もとより緊張しすぎて、お腹が空くどころか食事も喉を通らない。

内視鏡室に入る。まず看護師さんにコップ1杯の飲み薬を手渡される。「胃のなかをキレイにするお薬ですよー」おお、これが不味いと噂の……。ごくごくと飲んでみる。

あれ、まずい……? まずくない!! いやこれは普通に飲めるぞ。これがマズいというなら、こないだ買った野菜ジュースの方が100倍マズかった。野菜の粒々が底の方に沈殿してドロっとした感じがとても受付けなかったが、それと比べればこの飲み薬は「美味しい」部類に入れてもいいぞ。ま、まさか僕を油断させるための罠なのか…!?

診療明細書を見ると「バロス消泡内容液2%」が僕の飲んだヤツっぽかったが、少なくとも不味いとは思わなかった。ふつうに飲みやすい。今となっては味さえよく覚えていない。

次に診査台に寝て、血圧を測る機械を腕につける。検査室内の様子を詳しく観察したかったが、メガネを外していて、ボヤけて何も見えない。側にいてくれた看護師さんも、声だけしか分からなかった。夢のなかにいるようだ。

血圧検査?を終えて、ゼリー状の麻酔についての説明を受ける。オエッとなる咽頭反射を防いでくれるらしい。口を開けて、喉にドロっとしたゼリーを入れてもらう。

「5分ほど喉で溜めて、飲み込まないでいてください」と言われる。5分!? 5分も耐えなきゃいけないの!? と焦ったが、いざやってみるとどうということはなかった。

舌の奥が痺れる感覚に(なるほど~これが麻酔ってやつなのか~)と面白がるくらいの余裕があったし、実際に面白い感覚だった。鼻でゆっくり深呼吸をすることに意識を向けていたら、5分はあっという間に過ぎた。

「ゆっくり飲み込んでください」と指示され、喉に溜めていたゼリー状の麻酔薬を5回くらいに分けて少しづつ飲み込む。思い込みかもしれないけれど、喉の力がふにゃふにゃ~と抜けるような感覚があった。

次に、左腕の手をグーの形に握って、肘の内側のあたりに静脈注射を打たれる。いや、注射を打つというよりも、針を入れられる? 裸眼で視界がぼやけていて、状況がよく分からない。「サイレース静注2mg」と診療明細書にはある。これは催眠鎮静剤だ。

看護師さんが「細い針ですからねー」と言っていたように、注射はまったく痛くなかった。タンスの角に足の小指をぶつけたときの方が1000倍は痛いと思う。チクッというか、キューとした注射特有の感覚があるだけで、痛み自体はほぼ感じない。

左側を下に、倒れこむような形になって横向けになる。喉の麻酔が聞いているのか、看護師さんの確認に答えようと思っても「は、はひ……」みたいに声が出てうまく話せない。

胃カメラ挿入のためのマウスピースを噛む頃には、先ほど静脈注射した鎮静剤が効いてきたのか、意識が急速にぼんやりとしてきた。眠いよ、パトラッシュ……。思考がぽけ~っとしてきて、とても心地良い。

生検もしたから、胃の組織を採取したはずだけれども、痛みは感じない。苦しくもない。看護師さんが優しく背中をさすってくれている。寝かしつけられる赤子のように、眠い。ここまでリラックスできたのは何年ぶりだろう。気持ちいい。心が安らぐ。

胃カメラの記憶は曖昧

検査は10分もかからなかっただろうか。気がつけば終わっていて、看護師さんに支えられてリカバリー室という部屋に連れて行かれる。ふらふらしていて、まだ足元がおぼつかない。喉の麻酔も解けていなくて「は、はひ……」の感じが残っている。

ふかふかのリクライニングチェアに座る。

「お疲れ様でした。ここで1時間ほどお休みください」周囲の薄緑色のカーテンを閉められて、癒やしの個室が生まれる。僕は重い目蓋を閉じて、10年に1度かと思われる深い深い眠りについた。

あゝ……素晴らしい……。あれだけ怖がっていた胃カメラ検査が嘘のよう。天国ではないのか、此処は。「もう一生やりたくない」なんてとんでもない。毎日だって来てもいいぞ。(来たら困るが)

〆切という名の怪物も、胃腸内科クリニックの結界内には入ってこれなかったようだ。僕はリカバリーの時間を堪能した。バブみを感じる。心なしか胃の痛みも治ったような気もするが……。

1時間後、診察室に呼ばれて、医師の話を聞く。大きな病気は見つからなかったようで、それは安心する。胃の写真を見せられて、どこどこが炎症を起こしていると説明してくれたけれども、まだ催眠鎮静剤の効果でぽけ~っとしていてよく聞いていなかった。

2週間後に組織検査の結果がわかるので、そのときにまた診察するとのことだった。処方箋を受け取り、家路に着く。

鎮静剤の静脈注射すごいな……。何だか安らぐような幸せな感覚が、その後3時間くらいは続いた。もしこれが市販されてたら絶対中毒になるわ。このようにしてクスリにハマっていくんだな……。とりとめのない思考で、帰ってまた昼寝をした。とにかくその日は幸せだった。

世の中に「胃カメラ苦しかった」という声があふれるなかで、このようなハピネスな体験ができた僕は、とてもラッキーだったのかもしれない。経口内視鏡が8mmと細い管だったこと、鎮静剤の注射が効いたこと、などがプラスに作用したのだろう。何よりお医者さんと看護師さんの腕がとても良かったんだと思う。本当に感謝したい。

今回の一件で「胃カメラを過度に怖がる必要はない」と分かった。もしも胃カメラが怖くて、もう何ヶ月間も病院に行かずに胃の痛みをこらえているとか、そんなかつての僕みたいな人がいたら、怖がらずに病院に行こう。

きっとその胃の痛みの方が、胃カメラよりもずっと苦しいはずなのだから――。

(了)


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