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Webライターとして生きる

五条ダンのブログ。「楽しく書く」ための実践的方法論を研究する。

プロブロガーを嗤う、夢あるいは現実。

 西日本を四十年に一度の大寒波が襲うのだそうで、ウェザーニュースが「三日分の食料を確保せよ!」と警告を出している。僕は冷蔵庫のなかを確認するが、モヤシとジャガイモしか入っていなかったので絶望した。窓からは神戸の港が見える。ベランダで大きな雪だるまを作って遊んでいた子供時代を思い出す。未来が光に満ちていた頃。

 若者が「プロブロガーになる」と高らかに宣言したら、周りの人間は(あざけ)るだろうか(わら)うだろうか。甘い夢みてんじゃねぇよ。社会に出て世の中の不条理と厳しさを知れ。現実を見ろ。若いやつは身の程知らずで生意気だ。――、――と。けれど、僕は「プロブロガーという夢」にはもっと遥かに深い暗闇を感じる。

 甘い夢? それは逆ではないのか。「プロブロガーになる夢」が最後に残り、それに縋りつくしかなくなるほどの、過酷な現実を彼らは知っている。夢を見ているのではない。むしろ生きていく過程で、あまりにも多くの夢を手放してきたのではないか。村上龍は『作家は人に残された最後の職業』と書いた。今の世でブロガーは、僕たちに残された「最後の」職業なのだろう。*1 

 僕はブロガー志望ではなかったし、他の学生と同じように真っ当な就職活動に取り組んでいた。ところが失敗した。得たのは百通を超えるお祈り手紙だけだった。あまりにも祈られ過ぎたので自分が神様になってしまうかと思った。今では辺境のWebライターをやって生きながらえているが、サラリーマンに対して劣等感が無いといえば嘘になる。劣等コンプレックスの塊である。だからこそ、ブロガーであることに誇りを持ち、前向きに明るく振る舞う若者を見ると、あゝ自分も頑張らなければ、何をやっているんだ俺は、みんな必死でもがいているんだあがいているんだ、私が本気で生きなくてどうするんだと、感ずる。

 冬に始まった新アニメで『灰と幻想のグリムガル』という作品がある。一話を視聴した。ファンタジーな異世界に飛ばされた主人公たち、冒頭ではチームを組んでモンスターと闘っていた。六人がかりで相手をしてもゴブリンたったの一匹に苦戦を強いられる。みんな息が荒くなっていって、血も流れている。絶望感の漂う戦闘のなかで、登場人物のひとりが声を張り上げた。「これは命のやり取りなんだ!」ゲームじゃない、これは命のやり取りなのだ、と。その台詞が妙に、自分の心に響いた。

 灰と幻想のグリムガルのキャッチコピーは『生きるって、簡単じゃない。』アニメの公式サイトを見ると、登場人物それぞれが未来に憂えた視線を投げかけている。こんなトップ絵も珍しい。*2

 ブロガーが文章を書き綴るのも、命を懸けたやり取りなのだろう。言葉には血が流れている。明るい文体で綴っていても、タイプする文字は血と涙でぐしゃぐしゃになっているのかもしれない。みんな、生きて、何かと戦っている。たとえ道の向こうに未来がなかったとしても、進むしかないのだ。生きるために。

 

*1:『13歳のハローワーク』村上龍2003年 幻冬舎

*2:TVアニメ「灰と幻想のグリムガル」公式サイト

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